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2016年8月

2016年8月31日 (水)

九月の月次しをり

心は神明の御舎

こころはしんめいのみあらか
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 江戸時代の伊勢神道の学者として知られる度会延佳の「中臣祓瑞穗鈔」の中に記されることばです。伊勢神道の根本神典とされる五部書のひとつ「宝基本紀」には「心は乃ち神明の主」と表現されてをります。人はだれでも神の分身を自分の中に宿してをり、それがこころであるといふ認識です。またそれが正直の根源でもあります。「こころ」といふ存在に「かみ」のはたらきを感じ取り、「ひと」すなはち「自分」の存在意義を思索したことばでありませう。西洋の哲学に比較すれば、「吾おもふゆゑに吾あり」にもどこか通ずるものかもしれませんが、「かみ」と「ひと」とがひとつの霊性を共有してゐる感覚は、一神教の観念とは相違してをりませう。伊勢神道は鎌倉時代に盛んになった神道説で、地方の武士にも伊勢信仰が広まりました。江戸時代の度会延佳以降は、町人庶民にも広まりました。また山崎闇斎など儒学者の神道説にも取り入れられました。闇斎は「神前に参れば、もはや向かうに神は御座なされぬ。則ちこの身に御座なさるる。」と言つてをります。「こころ」の大切さだけでなく、神性の故にこそ、「ひと」のあるべき姿、尊厳と使命、「こころざし」の大切さも説かれました。
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