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2016年1月31日 (日)

二月のしをり

戦ひにあまたの人の失せしとふ
島緑にて海に横たふ
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 本年の歌会始に披講された御製です。両陛下は昨年四月にパラオ共和国に行幸啓あそばされました。大東亜戦争の激戦地ペリリュー島で「西太平洋戦歿者の碑」に御供花ののち、対岸に見えるアンガウル島に向かつて拝礼あそばされた時のことをお詠みになられたものです。
 両陛下は先月はフィリピン共和国に行幸啓され、マニラ郊外のカラリヤに建てられてゐる「比島戦没者の碑」に慰霊の御供花、拝礼をなされ、またマニラの英雄墓地のフィリピンの「無名戦士の墓」も訪問され、深く長く拝礼をして犠牲となった人たちを悼まれました。
 昭和天皇の終戦の詔書には「朕は帝国と共に終始東亜の解放に協力せる諸盟邦に対し、遺憾の意を表せざるを得ず」といふ部分があります。また、今回のフィリピンでの陛下のお言葉ではフィリピンの独立の英雄でるアギナルド将軍やホセ・リサールに言及されて日比友好の基盤を示されてをられます。
 一方、晩餐会のアキノ大統領の言葉に以下の文章があります。陛下の御存在の意味が大きなことが外国の政治家にも理解されてゐることは有難いことと思はれる文章ですので紹介して置きます。
 「貴国の象徴として、善意を体現する存在として、天皇、皇后両陛下がいかなる困難を担われてきたのか、私には想像することしかできません。私が大統領の座に就く際には、任期中に限っては自身を犠牲にしなければならないということを十分承知して、国民から負託されたこの職務を引き受けました。その私が両陛下にお会いして実感し、畏敬の念を抱いたのは、両陛下は生まれながらにしてこうした重荷を担い、両国の歴史に影を落とした時期に他者が下した決断の重みを背負ってこられねばならなかったということです。」
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