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2015年10月29日 (木)

九月の月次しをり

正直

しょうじき
しょうちょく
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 「正直の頭に神やどる」といふことわざがあります。今日の一般的な解釈としては「正直な人には必ず神のご加護がある」といったところでせう。三社託宣の天照皇大神宮のご託宣でも「正直は一旦の依怙に非ずといへども終には日月の憐れみを蒙る」とされてゐます。かうしたことから日常的な生活道徳としての「正直」が日本人にひろく浸透していきました。しかし、「正直」とは単に嘘・偽りや謀略・欺瞞のない態度をいふのでせうか。北畠親房は「神皇正統記」のなかで、「鏡は一物をたくはへず、私の心なくして、万象を照らすに是非善悪のすがたあらはれずといふことなし。そのすがたに従ひて感應するを徳とす。これ正直の根源なり」と三種の神器の御鏡こそが正直の根源であると述べてをります。御鏡を「まつる」ことで神と人とがひとつになるのですが、その心根にあるものが「正直」でなければならないのです。「宝基本記」に正直の説明として「左のものを右に移さず」といふ表現があります。玉串の受渡しの作法の基ともされる記述ですが、神に示された姿を、無私のこころで素直に受け入れ、それを徹底することで、神の姿に等しい姿になってゆく、神と同一の振る舞いをしてゆくことができるとき、これが真の「正直」になるのです。この「正直」が国中にゆきわたることができれば、北畠親房のいふ「神国」が実現できるのですが。
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