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2015年4月30日 (木)

五月の月次しおり

東照宮(とうしょうぐう)


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 徳川家康公は駿府(静岡)で元和二年(一六一六)四月十七日に生涯を終へられました。遺言により直ちに久能山に神葬され、翌年には日光に移されました。当初は東照大権現と称されましたが、正保二年、宮号を賜り、東照宮と称するやうになりました。今年はそれよりちょうど百年目にあたり、久能山、日光を始め各地の東照宮で四百年式年大祭が齋行されてをります。応仁の乱以来永らく続いた戦国乱世を平定し、わが国に平穏と繁栄の日常を復活させた家康公の御神徳はまさに神様、権現様と仰ぐべきもので、現在の世界平和を念ずる祈りに通ずる心がありませう。
 瀬戸神社にも東照宮(徳川家康公)がお祀りされてをります。家康公御神忌からそれほど間のない時期に造営されたものといはれます。家康公は関ヶ原合戦の直前に金澤に来訪してゐます。その後、大御所となって駿府に引退してからも、江戸城に往復する途次には金沢に滞在しその風光を愛でられました。ですから江戸城の本丸御殿には金澤八景の図が狩野派により描かれてもゐました。その金澤の景勝の眺望できる権現山(金沢八景駅西側)に東照宮が造営され、その管理をしたのが円通寺で、円通寺客殿が市の認定歴史的建造物として現存してゐます。
 明治維新になり神仏分離の政策により、東照宮は瀬戸神社に合祀されました。以来、家康公の御神像は本殿の奧に奉安されたままでしたが、先年の瀬戸神社御修造にさいして調査をいたしました。それにより寛永十五年(一六三八)大和郡山藩主本多政長の寄進であることが判明しました。金澤の東照宮の御造営はこのころと推察できます。

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